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宮崎県 木城町
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歴史探訪コース

更新日: 2015年6月30日



石河内展望台 最初に県道19号線を通って石河内の日向新しき村に向かいます。この途中にある石河内展望台からは、日向新しき村や石河内集落や一望できます。

 武者小路実篤はこの風景を見て、城跡だったこの地をすっかり気に入ります。時代が変わり、ダムができ道が整備されましたが、武者小路実篤が感嘆した風景が現在でも残されています。

 一角には武者小路実篤記念碑が建てられています。
日向新しき村 日向新しき村では、現在でも武者小路実篤の遺志を継いで、2家族3人が生活しています。

 一角には武者小路実篤が暮らしていた家を復元した「武者小路実篤記念館」があり、当時の写真や武者小路実篤の書などが展示されています。
文学ロード(日日新トンネル) 木城町中心部に戻る際には、行きに通った峠越えではなく、川沿いの道をお通りください。

 この道は2001年に開通した際、トンネルや橋の名前に武者小路実篤の作品や書を使用しており、「武者小路文学ロード」と呼ばれています。また銘版には武者小路実篤の直筆を用いています。

 通り道ではありますが、時間があればご覧になってください。
城山公園 城山公園(高城城址)は戦国時代、街道の要衝の地にあり、小城ながら重要な城でした。このため、1578年には4万の大友軍、1587年には10万もの豊臣軍に包囲されますが、守将山田有信は堅固に守り落城しませんでした。

 現在も入口付近の駐車場から公園までの間に空掘が残されており、城の堅牢さがうかがえます。
高城川合戦場跡 1578年に大友軍と島津軍が戦った「高城川合戦(耳川合戦)」の激戦地です。城山公園の東にある高台に大友軍が陣取り、大砲などを使用して城攻めを行っていましたが、遠征してきた島津軍主力と戦って大敗を喫しています。

 なお、川南町ではありますが、大友軍が陣取った場所には、山田有信が敵味方なく戦死者を供養した「宗麟原供養塔」が建てられています。
根白坂古戦場跡 1587年に豊臣軍と島津軍が戦った「根白坂の戦い」の主戦場となった所です。この地に陣をひいた豊臣軍に対して、高城を救援するために駆けつけた島津軍が戦いましたが、豊臣軍の堅固な陣と兵力の前に敗れています。

 この戦いが契機となって島津義久が降伏することになります。
石井記念友愛社(方舟館) 「孤児の父」石井十次が建てた孤児院の建物が残されている「石井記念友愛社」です。資料館では石井十次の遺品や当時の資料などが展示されています。

 事前に連絡すれば、ボランティアが施設内を案内しますので、ぜひご利用ください。

 なお、西都市になりますが、近くには石井十次の墓が、また高鍋町には石井十次生家がありますので、時間があれば足を延ばしてみてください。

お問い合わせ
まちづくり推進課
TEL: 0983-32-4727FAX: 0983-32-3440
E-mail: machi@town.kijo.lg.jp
 
宮崎県 木城町役場
〒884-0101 宮崎県児湯郡木城町大字高城1227番地1

 
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